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岐阜地方裁判所 昭和54年(ワ)225号

原告

冨本猛

右訴訟代理人弁護士

花田啓一

被告

株式会社帝国データバンク(旧商号・株式会社帝国興信所)

右代表者代表取締役

後藤義夫

右訴訟代理人弁護士

来間卓

後藤武夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、金七九三万八九一八円及び昭和五四年五月二五日から毎月二五日限り金三五万一一一三円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、東京本社の外に、大阪に支社、全国各地に六三の支店と一三の出張所を置き、信用の調査及び告知、出版物の販売等を業としている会社であり、原告は、昭和四二年六月一日被告に入社し、以後被告の岐阜支店に勤務し、調査員として法人或いは個人の信用調査及び結婚、雇用その他の人事調査並びにその報告書の作成等の業務に従事していたものである。なお右当時の岐阜支店の人的構成は、支店長と次長各一名、総務係三名、調査係四名、個別契約により調査を担当する委託調査員と臨時雇の事務員各三名となっていた。

2  原告は、昭和五二年二月一六日被告に退職願を提出し、これに基づき被告から同年三月一日付で依願退職の辞令を受け、同月二二日には退職金として金一一一万三〇〇円の支払も受けた。

3  しかし原告が右退職願を提出するに至った経緯を詳述すると、次のとおりである。

(一) 原告は、あらかじめ岐阜支店長であった長浜耕から、右同年二月九日に本社から労務担当者が来て、原告の調査実費の請求について事情聴取をする旨通告されていたのであるが、九日午後岐阜支店において、本社から来た労務担当取締役羽室光、同労務部長久留宮武治、右長浜支店長の三名同席の場で、主として羽室から、原告が同年一月二一日から同年二月一日までの一〇日間に出張した分として提出していた調査実費請求書中九通一〇件分の内容について事情聴取を受け、特に不動産登記簿の閲覧とそのための岐阜地方法務局への出張の点につき逐一事実の有無等につき質問を受け、原告が明確な返答をなし得ないでいたところ、会社側で調査した結果では右登記簿の閲覧料については一〇件分全部で一三二〇円、右法務局への交通費については七件分九八〇円がこれに符合する事実がなく、実費の不正請求になる旨説明された上、このような原告の行為は懲戒解雇事由に該当するので、その処分を回避したければ退職願を出すように、同年二月一六日までに提出しなければ懲戒解雇は免れ難い旨告げられた。

(二) 原告は、右事情聴取の場では、事前に長浜支店長から、言訳じみたことはいわぬようにと指示されていて、請求書の個々の記載内容につき記憶がなかったこともあって、質問に対し明確な返答をなし得なかった外、不正請求であるとの指摘に対しても殊更に、正当事由があるとの弁明をなさなかったのであるが、懲戒解雇を免れ難いとの羽室の言には強い衝撃を覚えた。そこで原告は、翌一〇日に長浜支店長から法務局で調査した件についてのリストを受取って、同日と同月一二日の両日休暇をとり、法務局へ不動産登記簿閲覧の有無につき調査に行ったが、同月三日と四日の分についてしか調査することができなかった。

しかし同月一〇日から一五日にかけて、原告が加入していた帝国興信所新労働組合から、本部委員長や名古屋支部の中部地区部長らが来岐し、特に本部委員長からは羽室宛に嘆願書を出すよう勧められたので、原告としてはこちらの方に望みをかけ、右委員長の示した見本どおりに嘆願書を作成して、これを同人に託した。しかし右労組の役員らは、原告に対し、右嘆願書が効を奏さないときはあきらめた方がよいなどといって、暗に退職を勧奨した上、同月一六日午前中右委員長が原告宅に架電して来て、「結局だめだったので、退職願を出した方がよい、出さなければ組合としては手を引く。その場合には、原告は除名処分となるだろう。」などと最後通告をなした。

(三) 他方長浜支店長も、同年二月一〇日から同月一六日にかけて数回にわたり原告に対し、「退職願を出さないと、退職金も出ず、本人の外家族にも悪影響がある。場合によっては刑事事件になる虞もある。」などといって、原告を強迫した。なお右支店長は、右二月一〇日原告が、実費の請求が事実と符合していなかったとしても、自分に不正はないので、羽室に執成してもらいたい旨申入するも、これを拒否した。

(四) 原告は、右の間知人の岐阜県選出代議士を介し被告に陳情をし、前岐阜支店長であった東川俊憲に対し羽室への執成方を依頼したりもしたが、いずれも効がなく、結局羽室らの指定期限である同年二月一六日夕刻になって、同人らの言辞どおり懲戒解雇となることを恐れて、長浜支店長の指示どおりの書式で、同日付退職願を作成、これを同支店長経由で被告に提出した。

4  しかしながら、右事情聴取の際指摘された原告の調査実費の請求が事実に符合しないものであったとしても、これはその金額が僅少であるという点をさておいても、もともと不正請求や詐取等といって非難さるべきものではなく、まして懲戒解雇事由となるような事柄ではなかった。その事情を詳述すると、次のとおりである。

(一) 被告会社では、調査員が調査のため社外に出張した場合には、交通費、日当、宿泊料からなる旅費が支給されるが、その外にも不動産登記簿の閲覧料等、調査のために要した費用で、調査員が現実に立替払をしたものについても、請求により支払がなされることになっていて、交通費や右その他の費用を総称して、「実費」と呼んでいる。いずれも被告会社所定の請求書に記入の上、当該調査についての報告書(原稿)に添えて請求する定めとなっている。

交通費については、公共の交通機関の利用を必要とする地域に出張した場合には、その料金表に定められた料金(等級のある場合は二等料金)が支払われるが、その計算は順路によりなされ、同一方向に複数の公共交通機関がある場合には、著しい不便の生じない限りは運賃の低い方を利用することになっていて、タクシーの利用は、原則として認められない。又一調査一往復交通費支給が原則である。二月九日の事情聴取の際問題となった交通費は、大部分岐阜支店から岐阜地方法務局までのバス運賃であり、片道七〇円であった。

なお岐阜支店では右実費につき、各調査員が調査報告書に添えて、「調査旅費日当請求書」を提出すると、その都度支店長決済で支払がなされていた。

(二) 原告勤務当時の岐阜支店では、右実費につき次のように不合理な点があり、調査員の自己負担(損失)が多かった。各調査員は、調査の速度と件数重視、調査と勧誘の抱合せという会社の業務運営方針により、様々な業務と件数の消化に追われて、その過程で不可避的に実費の自己負担分や調査漏れ等が累積していったのである。

(1) 一件の調査についても、複数回出張しなければ調査が完了しない場合が多かったが、その場合でも会社には一回分の交通費しか請求できない。追加調査のための交通費が支給されるのは、極めてまれなことであって、認められた例はほとんどない。

(2) 被調査先に直接出向き、或いは長距離電話等で取引先等第三者の意見を聴く必要のある場合でも、批判的意見等についてはその出所を秘すようにといわれることが多く、このような場合には出張や電話等に要した実費を請求できない。

(3) さらに時間に追われ、タクシーを利用することも多かったが、この費用は原則として自己負担であり、出先から訪問先へ架電した場合の電話料金、手土産代等の負担もあった。

(三) 原告が昭和四四年五月頃から同年中に数回、当時の支店長東川俊憲に右不合理な点の是正方を申し入れたところ、同支店長からは右自己負担実費の補てんのため、次のような救済策の教示があった。

(1) 同一市内で一日に複数件の調査を完了した場合に、建前上は一回分の交通費しか請求できないが、二、三回に分けて出張したことにして、浮かせたその交通費分で穴埋めする。

(2) 法務局で法人の登記簿を一日に複数件分閲覧した場合に、これを何日かに分けて閲覧したことにして、これにより浮かせた費用で穴埋めする。

(3) 登記簿の閲覧につき、回数を分けてしたことにするなどして、収入印紙分の金額で穴埋めする。

(四) そこで原告は、以後自己負担分が生じると、その金額が五〇〇円以下では暗記しておき、六〇〇円以上となるとメモにとり、毎月その月分の三分の一から二分の一の限度内で、右の方法により補てんして来た。順序としては、まず当該事件の他の請求項目で補てんし、それで不足するときは他の事件の分によったが、このような方法ないし補てんの限度は東川前支店長の指導ないしは教示によるもので、原告は右のようにして、毎月三〇〇〇円ないしは五〇〇〇円程度振替請求していた。しかしこれは、原告が現実に支出した電話料の全額にも満たない。なおメモは、毎月破棄していたので、残存しない。

(五) その後昭和五〇年七月に右支店の支店長となった長浜も、同年八月下旬ないしは九月上旬頃から原告に対し、東川前支店長時代からの右実費補てん方法を容認する趣旨のことを述べ、特に右(1)の方法については何度もこれを認める発言をし、「岐阜支店では、市内全線バスを支給していないので、市内の交通費については、適当に操作してもよい。」とまでいっていた程であり、昭和五一年八月頃には他の調査員に対しても、右と同旨の発言をして、右支店の調査員間では、右方法による実費の補てんが一般的慣行となっていた。長浜支店長が、右一般化した慣行を改めるよう指示したりしたことはない。

(六) 原告勤務当時被告会社では、労働組合が新、旧両組合に分かれ、会社と旧労組間には労使紛争があり対立していたが、原告は岐阜支店では唯一の新労組組合員であったので、東川、長浜両支店長とも、原告とは親密に接触し、酒席を共にすることもあって、特に東川支店長とは、個人的にも親しかった。

調査員の実費自己負担は、交通費と日当において特に顕著であるが、かつて岐阜支店では、「調査員の請求及び事務処理上の煩雑を避けるため」ということで、無料区域(調査依頼者に出張費を請求しない地域)の交通費につき定額支給制がとられ、各調査員に毎月一括して二五〇〇円が支給されていた。しかし昭和四四年四月に当時の支店長東川が、東京その他の大都市で定着しつつある全線定期券ないしはその購入代金相当額支給に代るものとして、市営バス主要四線の定期代相当額四二〇〇円の支給実施を本社労務課長宛上申したところ、本社では右上申を単に旧労組の職場要求を取り次いだものとして取扱って、これを拒絶し、その上右無料区域定額交通費支給制まで廃止してしまった。このような状況下では、会社に近い新労組の組合員にのみ有利な取扱がなされるのは一般的現象であり、東川が支店長として、唯一の新労組員であり、かつ個人的にも親しかった原告に、交通費等実費支給につきまとう不合理救済のための便法を教示、指導したことも、十分首肯されることである。しかも当時岐阜支店では、右支店長の裁量で、一泊地の日帰りや車中泊の際の宿泊料、大垣市内調査の際の旅費等種々の点で便宜的取り計らいがなされていた。

又右両支店長とも、調査員への実費支払に当っては、提出された調査報告書と調査旅費日当請求書につきその内容を一一厳密に審査し、確認の上承認印を押していた。そしてこの承認印に基き、経理係が支払をなしていたのである。従って長浜支店長としても、原告の請求書についてもその内容を承認したからこそ、認印を押したのであって、もし東川支店長の許で許容されていた請求方式を認めないというのであれば、その旨明言すべきであったし、もし原告の実費請求に不審を抱いたというのであれば、その旨直ちに注意し、改めるよう指示すべきであった。しかるに長浜支店長は、右のような言動は一切なさず、むしろ逆の趣旨の発言をなしていたものである。

(七) 以上のとおりで、前記事情聴取の際指摘された原告の実費請求が事実に符合しないものであったとしても、これは原告において従前の例にならい、自己負担となった実費の補てんのためになしたものであって、不正に私腹を肥やすためになしたものではない。

5  原告の本件退職願の提出は、その効果意思を欠き、或いは公序良俗に反し、無効である。

(一) 二月九日の事情聴取の際指摘された事項は、本来懲戒解雇事由に該当するような事柄ではなかった。しかるに羽室取締役らは、一方的、強圧的に原告を糾問し、懲戒解雇をちらつかせながら、期限付退職を強要した。原告が右事情聴取の通告を受けたのは、同年二月三日になってからであるが、その際の長浜の説明は、「労務担当者が来る。」、「実費請求のルールの説明だと思う。」という程度のものであった。しかし定刻に出頭した原告を一時間半も待たせて始まった事情聴取は、当初から原告を罪人視した一方的糾問であったし、「懲戒解雇云々」という羽室の言は、原告にとって死刑宣告にも等しいもので、原告の精神に強大な打撃を与えた。

(二) しかもその後頼りにした労組からも見離されて、その役員からは暗に退職を勧奨されたりした上、長浜支店長からは、刑事事件化する可能性を示唆した強迫をも受けて、原告としては心身ともに疲労困ぱいの極に達した。なお原告は、平素から自律神経失調、血圧上昇傾向にあった。

(三) その結果原告は、平常心を失い、自らも取るべき方策の判断がつかないままに、通告された最終期限である二月一六日夕刻になって、長浜支店長の指示に従い、その言うがままの書式文言で本件退職願を作成、提出するに至ったものである。

(四) 本件退職願の提出は、右のようにして、もともと社会経済的に従属状態におかれた被用者たる原告が、使用者の圧倒的優勢と支配下に一方的な宣告を受け、労組の支援もなく退職か懲戒解雇かの二者択一に追い込まれ、すでに解雇通告を受けたにも等しい状態でなされたものであるから、客観的に見てもその雇用上の地位と将来につき自由に判断することが不可能な状況下でなされたものというべきで、右退職願の提出による原告の退職の意思表示は、その効果意思を欠く。

又右のようにして原告に退職願を提出せしめた被告の所為は、強度の違法性を帯び、人事権の著しい乱用である。しかも被告は、法務局が正規には閲覧を認めていない不動産登記簿乙号申請書綴込帳を閲覧調査した結果をもって、被告に退職届の提出を強要したものであるが、かかる調査は違法というべきであり、このような調査結果に基づいてなされた被告の強制的な退職勧奨は公序良俗に反するから、原告の本件退職の意思表示は、無効である。

6  仮に右無効の主張が認められないとしても、前述の経緯でなされた原告の退職の意思表示は、被告の強迫によるものであるから、原告は被告に対し、昭和五二年五月一九日到達の書面でもって、右意思表示を取消す旨の意思表示をなした。

7  原告は、被告に対し次のとおり賃金債権を有している。

(一) 原告の昭和五一年一二月から同五二年二月まで三ケ月間の平均賃金(調査奨励金、勧誘加給を含む)は、月額三五万一一一三円であり、原告は五二年三月初七万九七二〇円の支払を受けた。

(二) よって原告は被告に対し、右同年三月以降毎月二五日限り右平均賃金相当額の賃金の支払を受くべき権利を有しているものであり従って昭和五二年三月分から昭和五四年四月分までの賃金合計額から右七万九七二〇円と退職金名下に受領した一一一万〇三〇〇円とを控除した残額である七九三万八九一八円と昭和五四年五月以降毎月二五日限り三五万一一一三円の賃金の支払を受けるべき権利を有する。

8  よって原告は被告に対し、原告が労働契約上の権利を有することの確認を求めると同時に右労働契約に基づく賃金として前記記載の金員の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の(一)の事実は認める。

(二)の事実中、原告が事情聴取の場で、不正請求であるとの指摘に対し、正当事由があるとの弁明をなさなかったこと、及び事情聴取の翌一〇日長浜支店長から法務局で調査した件のリストを受取り、同日と同月一二日の両日休暇をとったことは認めるが、右弁明しなかったことの理由についての原告主張事実は否認し、その余の事実はすべて不知。なお原告が新労組の役員を通じ被告に対し働きかけをなして来た事実はあるが、同労組の役員の原告に対する言動は被告とは関係ない。

原告が右不正請求であるとの指摘に対し、本訴で主張するような弁明をなし始めたのは、本訴に先行する仮処分申請事件以来であり、それまで原告は、労組や政治家等に働きかけ何とか退職を回避しようとしたにかかわらず直接にしろ或いは人を介してにしろ、本訴で主張しているような弁明を会社に対しなしたことは一度もない。この事自体が原告の主張の虚構性を裏付けているといえる。

(三)の事実は否認する。

(四)の事実中、原告が岐阜県選出の代議士を介し被告に陳情をし、かつ前岐阜支店長の東川に対し羽室への執成し方を依頼したこと、及び指定期限であった二月一六日夕刻、同日付退職願を長浜支店長経由で被告に提出したことは認めるが、同退職願が同支店長の指示どおりの書式で作成されたとの点は否認する。

長浜は、右一六日夕刻岐阜支店に来た原告から、二月二八日付で辞めたいと思うがと、その場合の退職願の書方を問われたので、一応文言を教示はしたが、別段指示したわけではない。その際原告は、就業規則、調査員必携、身分証明書を返れいし、「このまま二月二八日まで休暇を取り、その間に会員加盟料や広告料の未収金分を集金したい。」との申出をなしたので、長浜はこれを了承し、原告から休暇届を徴した。その後原告は、二月二八日に右支店に来て、集金した広告料や会員加盟料等計一〇万六〇〇〇円を経理係に納金し、三月一日には長浜の要請で支店に出頭して、退職の辞令を受取り、同月四日に同年二月一日から同月二八日までの勧誘加給として金七万九七二〇円を受領し、同月一七日には支店に架電して退職金の支払を催促して、同月二二日これを受領した。なお同年三月二五日にも、同月分の賃金を受領すべく訪れている。

3  同4の(一)の事実は認める。

(二)ないし(五)の事実は、すべて否認する。

被告会社の調査員にとって、通常に勤務している限りは、原告主張のように過大な実費の自己負担があるわけではない。新旧いずれの労組からも原告主張のような点が指摘されたり、その改善要求がなされたりしたことはないし、岐阜支店においても、他の三名の調査員らで同様の主張をしたものはない。

まず調査員が調査先に複数回足を運ぶということはほとんどなく、まれにその必要が生じたとしても、常時五、六件は調査割当伝票を所持しているので、同一方向の他の調査と組合せて、その調査実費内で再調査分も完了させることができる。調査員への事件の割当に当っては、この点についての配慮がなされている。又追報の制度等により、二度目の調査実費を請求することもできる。次に批判的意見につき出所秘匿の要望が出た場合とのことであるが、実費請求は、会社に対しなすものであるから、右のような要望とは関係がない。タクシーの利用は、「超特急」調査の場合以外には、原則として認められていない。しかし、通常はバス、電車等の公共交通機関の利用で足りている。調査員の中には能率をあげ、点数奨励金やスピード奨励金を獲得したり、勤務評定を有利にする日数計算の短期化を図るため、タクシーを利用する者もないわけではないが、その場合には右奨励金等のメリットで調整される。さらにタクシー代も、絶対に支給されないというものではなく、公共交通機関が利用できない場合等、真に必要な場合には、実費として請求できる。最後に電話代の点であるが、調査員は、架電の必要があれば調査に出かける前に支店からするものであり、出先から電話をするなどということはほとんどない。まして長距離電話を自己負担でかけるなどということはあり得ない。必要な架電であれば、その電話代は実費として請求でき、過去に原告も請求していたことがある。

被告会社の実費支払制度には何ら不合理な点はない。したがって原告がその是正方を東川に申出た事実はなく、又その必要もなかった。よって同人が原告に穴埋め操作を教示したり、指導したりしたこともない。岐阜支店でも原告以外には、水増請求をしていた調査員はおらず、むしろ他の調査員間では、原告の実費請求の仕方はおかしいという声が上っていた。

長浜支店長は、五〇年七月着任後、原告も含む岐阜支店の調査員らに対し、何事もルールどおりにするようにとの厳格な方針を示しており、原告主張のような言動をとったことはない。かえって同人は、後述のとおり昭和五一年七月頃から、原告の実費請求に疑念を持った折には、その都度原告に問いただし、正規の実費請求の仕方を指導していたし、同年八月の同支店調査部研究会においては、調査員全員に対し実費請求のルールを説明し、不実な交通費、閲覧料の請求はできない旨述べた上、特に唯一人自家用車を用いた調査をしていなかった原告に対しては、最短距離で現実に要した交通費を請求するように、と指示した。しかるに原告が、右長浜の指導に従わず、不正請求を反覆し続けたため、長浜から本社に通告されて、事ここに至ったのである。

(六)の事実中、原告勤務当時被告会社では労働組合が新旧両組合に分かれ、会社と旧労組間には労使紛争があり対立していたこと及び原告が岐阜支店では唯一の新労組員であったことは認めるが、東川前支店長が特に原告にその主張のような便法を教示、指導したとの点及び支店長が調査旅費日当請求書についてその内容を一一厳密に審査し、確認の上承認印を押していて、長浜支店長が原告の請求書についてもその内容を承認していたとの点は、いずれも否認する。

東川支店長が特に原告にのみその主張にかかるような便法を教示したり、許容したりしていれば、直ちに旧労組員である内勤事務員に発見されて、新たな労使紛争の種となったはずである。又支店長が調査員から提出された旅費日当等請求書等の記載により知り得ることは、調査先までの経路、利用する交通機関の料金単価、登記簿等の閲覧料の単価程度であって、真実調査先へ行ったか否か、登記簿を閲覧したか否かの点までは知り得ない。したがって右書類に承認印を押したとしても、形式的チェックでしかなく、不正請求まではチェックできないから、原告の不正請求を容認したなどということにはならない。

(七)の事実は否認する。

長浜は、岐阜支店に着任後間もなくから原告の実費請求に不審を抱いたが、真実請求どおりの交通費や閲覧料の支出があったか否か判別できず、請求の都度そのとおり支払って来た。しかし昭和五一年七月になると、会社の決算書が入手できているので、特に指定がない限り不動産登記簿の閲覧は不要であるのに、しかも以前の調査報告書と全く同じ内容の不動産表が付けられた上で、右登記簿の閲覧料とこれに対応する交通費の計上された請求書が提出されたことがあり、原告に問いただしても真実閲覧したとの答であったので、このような事例では閲覧の必要はない旨指導し、一応請求金額を支払った件があったが、後日の調査ではこの返答は虚偽であることが判明した。又二件分で同一機会に法務局で登記簿を閲覧し、かつ先方にも併せて訪問できたはずであるのに、各別に出張したとして請求書が出され、問いただしても各別に行ったと強弁された件もあり、これを機会に前記研究会の席上で注意もしたが、原告の態度は変らなかった。そして昭和五二年一月一九日になって、長浜自身が担当事件の調査のため法務局で不動産登記簿を閲覧した結果、同一調査先の件で原告が五一年六月調査を担当し、不動産登記簿を閲覧したとして、閲覧料や交通費を請求、受領していながら、全くこれを閲覧していなかったという事実が判明した。しかもその件では、依頼者から「不動産抵当権設定の有無確認」と指定されていたのに、原告は昭和四七年一二月他の調査員が作成した報告書をそのまま引き写して、その後設定された抵当権等は全く記載していなかった。事ここに至って、長浜は事態を本社の羽室に報告、その指示により、長浜は今後一〇日間に原告から提出される請求書につき法務局で閲覧申請の有無の確認をすることになり、又羽室らが同年二月九日直接原告から事情を聴取することになって、これは長浜から原告に同年一月二二日伝えられた。その後長浜が岐阜地方法務局で登記帳簿乙号申請書類綴込帳を閲覧して、原告提出の請求書の内容を調査した結果は、本件事情聴取の場で原告に説明されたとおりであった。

以上のとおりで、本件事情聴取の際指摘された原告の実費請求は、すべて事実に符合せず、しかも原告が従来から行っていた実費の不正請求の継続としてなされたもので、わずか一〇日間のものを抽出しても二三〇〇円もあり、これは氷山の一角にすぎない。

4  請求原因5の事実はすべて否認する。

原告には、就業規則により懲戒解雇処分を相当とする事由が存したのであり(規則七二条四、九、一五号該当)、これありと判断して、退職願を提出するのであれば右処分をしないと告げた会社側の態度は、それ自体相当であって、原告に退職を強要したものでもなければ、人事権を乱用したものでもなく、非難されるいわれはない。原告としても、自己のなした実費の不正請求が懲戒解雇事由に該当するものであることを認め、これを回避するためには、退職もやむなしと判断し、その自由な判断でもって退職願を提出したものである。原告が平常心を失ってなどいなかったことは、本件事情聴取後退職金受領に至るまでの原告の行動より見ても明らかである。

5  同6中、原告主張の取消の意思表示がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、原告を懲戒解雇とするを相当と判断しながら、なお恩情的配慮から、任意退職願を提出するときは、懲戒解雇としない旨告げたのであり、原告を畏怖せしめて退職申出の意思表示をさせようなどという故意があったはずがない。長浜が原告を強迫したことなどはない。

6  同7中、(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。

なお七万九七二〇円は勧誘加給であって、支払日は三月四日であり、給与は三月三日までの分が支払済である。

第三証拠

証拠に関する事項は、すべて本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2及び同3の(一)の各事実並びに原告が同3の(一)記載の事情聴取の際被告側から指定された期限である昭和五二年二月一六日夕刻になって、同日付の本件退職願を岐阜支店長長浜耕経由で被告に提出したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで原告が本件退職願を提出するに至った経緯につき検討するに、請求原因4の(一)の事実は当事者間に争いがなく、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告(大正一五年六月生)は、東川俊憲(昭和五四年六月定年退職)が岐阜支店長となって二ケ月後の昭和四二年六月一日、同支店長の選考を受けて、同支店採用で被告に入社し、同支店で調査員として勤務することになったものであるが、当時被告会社では労働組合が新旧二つに分れていて(この点は当事者間に争いがない。)、原告は同年九月一日付で正式に社員任用の辞令を受けると間もなく、会社と協調関係にあった新労組(帝国興信所新労働組合)に加入した。その後岐阜支店においては、昭和四四年三月頃から旧労組(全帝国興信所労働組合)の岐阜支部と会社間に労使紛争が生じ、これが次第に激烈化して、同年一二月には同支部の役員が一名懲戒解雇処分を受けるという事態にまで発展したが、その過程で同支店の非管理職従業員は、原告を除き全員旧労組員となって、原告は唯一の新労組員となり(この点及び右労使紛争の存在は、当事者間に争いがない。)、この状況は原告が本件依願退職の辞令を受けるまで変らなかった。このような状況になって、原告は旧労組員である他の調査員や内勤の事務員らから疎遠にされて孤立がちで、しばしば東川支店長に対人関係での愚痴や苦情等を述べ、時には共に飲酒したりすることもあったが、同支店長としては、旧労組支部との紛争が悩みの種で、常にこれが気掛りになっていたので、旧労組員の手前もあり、原告の愚痴の聞役とはなっても、特に原告と親密な関係を保っていたわけではない。

2  被告会社が調査員に支払う交通費その他の調査実費については、その原則が「調査出張旅費規則」及び「通勤手当および調査交通実費支払細則」として定められていて、これは各調査員に入社の際「就業規則」や「調査員必携」等とともに交付される「給与規則」に付記されており、会社と新労組間の労働協約中にも組込まれていたが、その大綱は前示請求原因4の(一)に記載のとおりであり、要するに実費請求に関しては、「(1)一調査一実費、(2)順路により請求すること、(3)公共交通機関を利用すること」が三大原則となっている。特に右(1)の点は、各支店に備えられている「支店総務業務処理要領」にも、「調査実費の請求は、一調査について一回限りしか行うことができない。」と明記され、各支店において各調査員に周知徹底させており、調査員間では常識のようなものになっていて、もちろん原告としても早くから十分に承知していたことである。ただし岐阜支店においては、東川支店長着任後間もなくのころから、市電を利用して往来のできるほぼ旧市街地の範囲内の交通費については、毎月二五〇〇円が各調査員に一括支給され、これが市内交通費定額支給制等と称されて半ば慣行化されていた。これは東京本社外、大阪、名古屋等大都市の支社、支店で、新労組との間に協定を結び実施されていた市内全線定期券の交付ないしはその購入代金相当額の現金交付等の制度にならったものであったが、前示四四年春の労使紛争発生後の同年四月頃、旧労組の支部から右支店長に対し、二五〇〇円では実額にも不足するので、四二〇〇円に増額してもらいたい旨の要求が出され、その頃東川支店長においてこれに応ずることの是非につき本社の労務部長に照会をなしたところ、折返し本社からは拒否回答があり、しかも右二五〇〇円の定額支給制についても本社の承認するところではないとのことであったので、これを契機に、市内交通費についても定額支給は行われないことになり、以後は本来の原則に戻って、一調査一実費主義で実額を請求することになった。しかしこの点については、旧労組員の調査員の間にも別段不満は出ず、調査実費につき自己負担分が生ずるなどといって、その救済ないしは改善を申出た者もなければ、前示三大原則に違反して不実の実費請求をし、これを見とがめられた者もいない。

3  もともと調査は、被調査先に一回赴けば完了させられるのが本則であって、各調査員ともそのように訓練されていて、各自そのように工夫しているのが実情であり、近距離の場合には、出直す方が手取早いということで、複数回出向くこともあるが、その場合には各調査員とも常時五、六件分は事件の割当伝票を所持しているので、同一方向の他事件の調査と組合せたり、或いは調査業務と併行して行なっている会員獲得や広告募集等の勧誘業務の機会を利用する等適宜工夫をしていた。被調査対象者以外から情報を収集するいわゆる「側調(側面調査)」なるものは、業務必携でも奨励されている調査方法ではあるが、これに要した交通費等はそれ自体実費として請求できるものであるから、別段調査員の自己負担を生じさせるものではない。又電話、特に長距離電話等は、事前準備をして計画的に行動しておれば、支店の電話を使用することで足りるので、出先から長距離電話をかけるなどして、調査員の自己負担が生じるなどということもまずない。確かに公共交通機関を利用することが原則の一つであるから、タクシー代は、公共交通機関が利用できないというやむを得ない場合以外には支払われない。ただし「超特急」調査の場合には、報告書が指定期限までに提出されれば、日当の一部として支払われることになっており、その他の場合には、特にタクシーを利用しなければならないような事態が多々生じるわけではない。まれに調査のスピード化等のため利用する者があるとしても、これは各種の奨励金獲得をもくろんでのことであるから、これによる利益で調整される。したがって、岐阜支店の調査員で右のような事柄で調査員の自己負担が大きく、救済の必要があるなどと主張している者はないし、新、旧いずれの労組からも、そのような要求が出されたこともない。調査員が本来の調査業務のため、被調査先に手土産を持参するなどということは、その実例が聞かれないし、その必要もない。なお被告会社の調査員の給与は、給与手当、調査奨励金、勧誘加給の三本立からなっていて、原告の昭和五一年一二月から同五二年二月までの平均所得で見ても、給与手当分は一四万円強(各種保険料、税金等控除後の金額)、調査奨励金は七五二三円、勧誘加給は一六万円弱(右同)であって、勧誘加給の占める比重が大きく、しかもこれは事業所得の取扱になっているので、調査員が勧誘業務のために電話代、手土産代、盆暮の付け届け等に要した費用は、必要経費として控除される。従って調査員が原告主張のような特別費目の支出をすることは、勧誘業務遂行のためとしては考えられるところであろうが、本来の調査業務遂行のためとしては、まず考えられないところであり、他の調査員からもそのような例は聞かれない。まして情報提供者からその出所を秘匿するようにとの申出があったため、会社に対し調査実費の請求ができないなどということは論理的にみても全く考えられないことである。

4  ところで岐阜支店では昭和五〇年七月に支店長の交替があり、東川は長崎支店長に転出して、その後任に名古屋支店第一調査部長であった長浜耕(昭和五七年一〇月定年退職、現豊橋支店嘱託)が着任した。同人は何かにつけ几帳面な性格であったようで、着任後は折にふれ調査員達に、ルールどおりに仕事をするよう指導はしていたが、調査実費の請求については、前支店長からは何の申し送りもなく、各調査員から調査報告書と共に提出される「調査出張旅費日当請求書」の記載内容だけからでは、真実訪問先に行ったか否か、又不動産登記簿の閲覧料についても、真に請求金額相当分閲覧したか否かなどの点は判明しないので、原告から提出される分も含めて、特に疑念を抱くこともなく、形式的審査のみで承認印を押し、経理係に支払をさせていた。しかしながら、五一年六月になって、支店内の机の位置の配置替をし、従前は調査員達とはかなり離れた処にあった支店長の席を調査員達の席の処に移し、机を接続させてしまってからは、調査員達の噂話の中から、原告の実費請求の方法に問題があることを聞き付け、漠然とながら疑念を抱くようになっていたところ、同年七月原告に割当てた某会社の調査についての出張旅費日当請求書中に、明らかに不正請求と疑わせるに足る不動産閲覧料一二〇円の記載があったところから(<証拠略>)、右疑念が現実性を帯びるようになった。というのは、被告会社で前示「調査員必携」等により調査員に指導している調査方法によれば、近時点での決算書が入手できた場合には、特に依頼者から不動産調査の指示のない限りは、不動産表を作成する必要がなく、したがって不動産登記簿を閲覧する必要もないことになっていて、右事件では最近の決算書が入手されており(<証拠略>)、かつ依頼者から右指示もなかったものであり、しかも原告の作成した調査報告書に添付された不動産表(<証拠略>)の内容は、前回昭和四八年一一月に原告が調査を担当して作成したことになっている不動産表(<証拠略>)のそれと全く同じであったからである。そこで長浜は、右請求書の提出された直後原告に対し、真実法務局に行き不動産登記簿を閲覧したのか否か問いただしてみたが、原告が真実閲覧した旨答えたので、その場では、右のような事例の場合には今後不動産の調査をする必要がない旨注意するに止め、請求書には承認印を押し、経理係に支払をさせた。しかしその後(原告の地位保全の仮処分申請後)長浜において自ら法務局に出向き右不動産についての登記簿を閲覧したところ、原告が作成していた不動産表には、昭和四五年六月二二日受付の根抵当権設定登記の記載があるのみで、同四六年五月一八日受付の元本極度額変更(一〇〇〇万円から一五〇〇万円に変更)の登記の記載がなく、結局右不動産表は、前々回昭和四六年一月に他の調査員がなした調査の結果をそのまま引写したものであることが判明した。したがって原告は、前回昭和四八年一一月の調査の折にも、真実不動産登記簿を閲覧せずに、これを閲覧したと装って不動産表を作成していたことになる。しかし原告は、右のとおり長浜から質問を受け注意も受けたにかかわらず、同五一年八月五日長浜が同一町内にある会社二社についての調査を同時に割当てたところ、割当伝票も同時に交付していて、法務局にも先方にも、ともに同一機会に出向けたはずであり、それが通常の調査方法であって、調査員としての常識であるはずであるのに、法務局、先方ともに各別に出向いたとして、各別に交通費や日当を請求する旨、実費の請求書を提出し(<証拠略>)、これに対し長浜が同一機会に調査したのではないかと、交通費二重請求の疑がある旨問いただしても、各別に調査に行った旨強弁し、挙句の果には、「支店長は堅すぎる。」などといって、暗に二重請求の事実を認めながら、その態度を改めようとはしなかった。そこで長浜は、同年八月二八日に同支店の調査員を集め、「支店調査部研究会」を開き、その席上一般的に、実費については事実に合わない請求をしないよう注意するとともに、自家用自動車を調査に使用していない原告に対しては、特に最短距離でそれに要した交通費の請求に止めるよう指示し、さらに同月末日には本社の労務担当取締役羽室光に会って、原告についての右事実を報告した。その後も原告の態度には変化が見られず、長浜としては、ますます原告に対し不信感をつのらせていたところ、昭和五二年一月になって、たまたま長浜自身が各務原市所在の天竜工業株式会社の調査を担当することになり、これは既に一三回も調査依頼を受けている問題の会社であって、前回は五一年六月に原告が調査を担当していて、その際には特に「不動産抵当権設定の右無確認」という調査依頼者の特別指示事項があり、その旨割当伝票にも明記されていたのであるが、長浜が五二年一月一九日法務局に出向いて不動産登記簿を閲覧し、前回の原告の作成した調査報告書の内容と対比したところでは、原告作成の報告書は、昭和四七年一二月二五日付で他調査員が作成した報告書とその内容が全く同じであって、その後に設定された抵当権や根抵当権の設定登記についての記載が全然なされていないことが判明した。事ここに至って長浜は、原告の実費の不正請求は明らかであり、事態は放置できないと判断、五二年一月二一日に前示羽室に右の事実を報告し、今後の措置につき指示を求めた。すると羽室は、更に確証を得るため、今後一〇日の間に原告から提出される請求書につき、不動産登記簿閲覧の有無を調査するよう指示するとともに、二月九日午後二時三〇分から原告より事情聴収をする旨通告した。そこで長浜は、そのころ原告に対し、本社から労務担当者が来て、右日時に実費請求の件で事情聴取が行われると通知し、同年一月二二日から同年二月二日までの間に原告から提出された同年一月二一日から同年二月一日までの調査についての調査旅費日当請求書一七件分につき、同月四日法務局で「登記帳簿乙号申請書類綴込帳」を閲覧して、各請求書に記載されているとおりに原告が不動産登記簿を閲覧したか否かの確認をした。すると右請求書中九通一〇件分(<証拠略>)で計一〇社と個人一名分につき不動産登記簿の閲覧をなしたとして、その料金計一三二〇円が請求され、これに対応する交通費も請求されているが、内二社については商業登記簿は閲覧していたものの、不動産登記簿については全部につき閲覧の事実がなく、右閲覧料一三二〇円全額、及び支店と法務局間の交通費中右二社分を控除した残額九八〇円は不正請求であることが判明した。長浜は即日この事実を本社の羽室に報告するとともに、更に同月八日にも同月三日付及び同月七日付で、不動産登記簿を閲覧したとして、請求書の出ていた二社につき、その閲覧の有無を前同様の方式で確認したところ、ともに閲覧の事実は認められなかった。

5  右二月九日には、本社から羽室と労務部長の久留宮が来岐し、予定どおりに本件事情聴取が行われたが、長浜が右調査の結果を一覧表にしていて、これと右九通の原告の請求書に基づき、羽室を中心に会社側の者が一件一件社名等をあげて、不動産登記簿閲覧の有無等を問いただし、これに対し原告は、閲覧した記憶はあるとか、実際の出張の日とは必ずしも一致しないとか、或いは記憶違いもあり得るとか、あいまいな返答に終始し、羽室らは勢い糾問的な口調にもなったが、結局原告は最後まで、本訴で主張しているような自己負担分の実費補てんなどという弁解はしなかった(この点は当事者間に争いがない。)。そこで本件事情聴取は、会社側から原告に対し、懲戒解雇を回避したければ、退職願を提出するようにとの、最後通告的な申し渡しとなって、午後四時過頃に終了、その後原告は、午後四時一五分付で早退届を出して、勧誘業務に出て行った。

6  翌一〇日原告は、長浜から勧められ、その調査結果についての一覧表(<証拠略>)を手交されたこともあって、同日と同月一二日の両日休暇をとり法務局で、長浜がなしたのと同様の方法により本件事情聴取の際指摘された事件につき不動産登記簿閲覧の有無につき調査をなしたが、閲覧の申請書を発見できず、長浜の調査結果が正確であることを承認せざるを得ない事態となった。そこで原告は、右一〇日から退職願提出の指定期限である同月一六日までの間、長崎の東川前支店長に架電して羽室取締役への執成し方を依頼し、かたわら幼なじみの岐阜県選出の代議士を介し被告に陳情をし、更には新労組の役員を通じて同様の働きかけをもなしたがいずれも効を奏さなかった(以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。)。すなわち、新労組としては、原告が名古屋支部に援助の申入をなしたことから、まず同支部の役員が、次いで本部の委員長や書記長らが来岐し、それぞれ長浜支店長と面談したが、前示調査実費の不正請求発覚から本件事情聴取に至るまでの経緯につき説明を受けて、事情を了解し、本部役員が原告から託された嘆願書の取次をした程度で、組合として特段会社の措置に対し抗議するというような対応はしなかった。東川前支店長に至っては、事情もよく分らぬままに、一応本社の羽室取締役と連絡をとってみようとしたが、それすら果せぬままに終った。しかし原告として、代議士を介しての陳情には最後まで望みをかけていたようであり、事実右一六日にはその筋から頼まれたということで、被告の取引先である大手金融機関の役員が自ら被告の本社に羽室を訪ね、原告のことで話合をなし、穏便にとの代議士からの申入を伝えたが、会社側の態度は堅く、金銭上のトラブルであるとの説明を受けた程度で引き上げた。このような次第で、結局一六日午後には原告としても、最早懲戒解雇を免れるためには被告の指定どおり退職願を提出する以外に途がないと観念し、同日夕刻岐阜支店に長浜支店長を訪ねて、勧誘加給を受けたいので、同月二八日付で退職したい旨申入れ、同人から文言の教示を受けて、「一身上の都合により昭和五二年二月二八日付で退職したい」旨記載した被告代表者宛退職願を作成(<証拠略>)、これを長浜に手交した。なお原告は、前日の一五日にも、右支店を訪れ右とほぼ同旨で、退職日付の記入のない退職願を作成、一旦は長浜に交付したが、なお代議士の筋などからの陳情が効を奏する可能性もあるからと、写のみを長浜の手許に残し、原本の返還を受けていた。

7  右退職願を提出すると、原告は、その場で就業規則や調査員必携、身分証明書等被告から交付を受けていた書類を返還するとともに、長浜に申出て右二月末日までの間を有給休暇扱いにしてもらい、その後二月分の勧誘加給を多くするため加盟料等の未収分を集金して回って、同月末日一〇万六〇〇〇円を支店の経理係に納入した。そして同年三月一日には右支店に出頭して、依願退職の辞令の交付を受け、同月三日頃二月分の勧誘加給を受領し、更に同月中旬長浜に架電して退職金の支払方を催促、これを同月二二日に受領した。

以上の事実が認められ、原告本人尋問結果中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三  原告は、原告の本件退職願の提出は、原告に懲戒解雇事由に該当する事実は何ら存しなかったのにこれがあるとしてした被告の違法な退職の強制によるものであって、被告の右行為は人事権の著しい乱用であって公序良俗に反するだけでなく、本件退職願の提出による原告の退職の意思表示はその効果意思を欠くもので、無効であると主張する。

1  そこで、まず原告に懲戒解雇事由が存したか否かについて検討するに、右に認定したところによれば、原告は長浜支店長から再三にわたり調査実費請求については規則どおり現実に要した費用を請求するよう注意を受けていたにもかかわらず、少くとも昭和五二年一月二一日から同年二月一日の一〇日間だけでも、調査を命ぜられた事件一〇件分につき、真実法務局にも出向かず或いは出向いたとしても不動産登記簿は閲覧しなかったにかかわらず、これをなしたように偽わって、交通費ないしは右登記簿の閲覧料名目で少くとも計二三〇〇円の金員の不正請求をなしているのであり、さらにそれ以前についてみても長浜の調査で判明したところでは、遅くとも昭和四八年一一月から右と同様の不正行為をなしていて、しかも右過去の事件においては、真実不動産登記簿の閲覧をしていなかったため、重要な情報が収集漏れとなって、被告会社として調査依頼先にこれを告知することができなかったという事態を招来したというのであるから、このような原告の調査費用不正請求及びその受給は、就業規則七二条四号(勤務関係の手続についての欺罔)、九号(業務に関する規則違反)及び一五号(故意に会社に対し金銭上の損害を与えたこと)所定の懲戒事由に該当するだけでなく、実施しなかった調査をしたように装うものでもあるから、原告の実施した調査内容にも疑念を生じさせるものであり、ひいては信用の調査及び告知をその本来の営業目的とする被告会社の経営にも打撃を与えかねない性質のものであって、被告会社に対する著しい背信行為といわざるを得ないから、懲戒解雇事由に該当するといわざるを得ないものである。

なお原告は、被告会社の調査実費請求制度には不合理な点があり、自己負担実費の補てんのため原告がした本件請求方法は被告会社によって容認されていたものである旨主張するが、被告会社の調査員に対する実費支払制度に特段不合理のなかったことは、前示認定のとおりであり、原告の右不正行為について、岐阜支店の東川前支店長が原告に対し、その主張にかかるような教示ないしは指導をなしたり、その後任の長浜支店長が右不正行為を容認するような行動をとったとの原告主張事実については、原告本人尋問結果中の右原告主張にそう部分は、前示認定の事実関係に照らし到底措信できず、他にこれを認めるに足る証拠がない。

2  そして、右のような事実関係の下では、本件事情聴取の過程で被告側の者が原告に対し若干糾問的態度をとった上、原告の行為が懲戒解雇事由に該当するとして原告に退職を勧奨したとしても、原告に上記の懲戒解雇事由が存在した以上やむを得ないところであって、むしろ上記認定事実によれば、羽室取締役は前記事情聴取において被告側で調査した事実を示しながら原告の弁解を聴取した上で、一定の考慮期間をおく任意退職を恩情的に勧奨したものであるから、このような退職勧奨をもって公序良俗に違反する退職強制とすることはできず、また、右退職の意思表示が被告側による強迫によってなされたと認めることもできない。原告の所属していた新労の役員が原告に対しとった言動の具体的内容は定かでないが、仮に彼らが原告主張のような言動をなしていたとしても、彼らがそのような挙に出るに至るまでの経緯は前示認定のとおりであり、かかる事実関係の下では、原告が右労組の役員の言動により自由な判断力を喪失するに至ったとは到底解し難く、更に長浜支店長が特に原告を強迫したというような事情も認められない。なお、長浜支店長が正規に閲覧申請権が認められていない不動産登記簿乙号申請書類綴込帳を閲覧したことによって収集した資料を基に、原告に対する退職勧奨をしたとの点については、右長浜による閲覧が法務局担当官の了承の下に閲覧しているものであって何ら違法の節が認められない以上、右のような資料収集があったということのみから被告による退職勧奨が違法とされる理由はないといわねばならない。

そうすると、被告の退職勧奨をもって公序良俗に反する違法な退職強制であることを前提として、原告の本件退職願の提出による退職の意思表示が効果意思を欠くとする原告の主張は、その前提において失当であるうえ、原告がその当時被告による退職勧奨をやむを得ないものとして受入れて本件退職願を被告に提出し、その後退職金も受領したものであることは上記認定のとおりであるから、原告による本件退職の意思表示にその効果意思を欠くものとは到底認めることができない。

3  次に、原告は予備的に、原告の本件退職願の提出による退職の意思表示は被告の強迫によるものであるからこれを取消す旨主張するが、右主張の理由のないことは、上記認定の事実により明らかである。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は理由のないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺剛男 裁判官 大月妙子 裁判官 沼田寛)

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